おかかえのあたま

ぐれたりぐれなかったり

こわいものの話

一人暮らしをし始めてから、ホラー映画を観なくなった。怪談の類も一人暮らしネタのものは絶対に読まない。ドアや襖を半開きにしない。蛇口をきちんと締める。

 

幽霊やら魑魅魍魎の類を信じているわけではないが、こわいものはこわい。ドアや襖を半開きにしていると、なんとなく他人がそちらにいたらこわいのできちんと閉める。蛇口から水の落ちる音がすると、これもなんとなくこわいのできちんと締める。恐怖はお行儀のよさを育むのである。

おばけや実在しないものではなく、いるものでこわいのはやはり人間と黒いアレである。人間の方は個別の対処が必要とされる場合が多いため、一旦置いておくとして、黒いアレは部屋をきれいに保つことで概ね誘引を抑えられる。ゴミは指定日に必ず出す。使った食器をそのままにせず早めに洗う。玄関や窓の隙間には殺虫剤を撒いておく。恐怖は小綺麗な部屋を保つのに一役買ってくれる。

 

 

 

実際に起きたこわかった出来事であるが、学生のときにドアポストのついたアパートに住んでいた。ドアポストの受け取り皿のようなものが外れてしまったので、そのままにしておいたが、ある日の夕方にふと玄関の方へ目をやると、人間の目が一対並んでいた。こわくて声が出なかった。目を合わせなかったことにしてキッチンへ行き、包丁を手にゆっくり玄関へ向かった。まだ目はあった。視線を逸らさず、手にした包丁がよく見えるように近付くと、目はかわいい叫び声を上げて逃げていった。

小学生のいたずらだったのだ。しかし、本当にこわかった。おそらく小学生もこわかっただろうが、他人の家を勝手に覗いているのだから包丁で脅される覚悟くらいはして頂きたいものである。私生活を他人に無断で覗かれるというのは気持ちのいいことではない。以来、わたしのドアポストに目が並ぶことはなくなった。

 

 

 

もうひとつある。これは3年前くらいの話だ。当時のわたしはジムによく通っていた。くるぶし丈の靴下を頻繁に洗濯し、1階に住んでいたがわたしは外に干していた。だんだんと複数ある靴下の片方がなくなるということに気付いた。最初の頃は「ジムに忘れてきた   」「洗濯機から取り忘れた」「干している間に飛ばされてしまった」など適当な理由をつけてなくなったこと自体はあまり考えないようにしていた。そもそも小さな靴下である。ひとつかふたつはどこかに行ってしまうかもしれない。しかしながら、片方だけの靴下が5足を超えたあたりで確実におかしいと思うようになった。ジムの帰りに確認し、洗濯機を回した後にも確認した。洗濯物を干すときにも確認した。取り込むときになって減っていることがわかった。人間の仕業である。ちなみに面倒でタオルで囲んで下着も外に干していたが、1度も盗られたことはない。まあ、またこどものいたずらか何かだろう、そう思ってある朝カーテンを開けた。目の前には空だったはずの洗濯ピンチに今までなくなったくるぶし丈の靴下がずらっと並んでいた。こわすぎて息が詰まりそうだった。何者か(おそらく同一人物)がコツコツとわたしの靴下を集め、何をしたのか何もしてないのかわからない状態で夜中にわたしの洗濯ピンチに戻している姿を想像すると気持ちが悪くなった。もし、ストーカーがいたらこんな気分が続くのだろう。

カーテンを閉め、不動産屋に解約の連絡をし、1ヶ月以内に別の部屋に引越した。

わたしからのお願いはただひとつである。盗んでもいいから、返さないでくれ。こわいので。

 

 

 

 

まんじゅうこわい的な話にしようかと思ったが、ふたつめの話にオチはない。誰がやったのかも知らないし、今となってはもう知りたくもない。とにかく人間の気持ち悪さを煮詰めて無理矢理口に詰め込まれた気分になった。一人暮らしの飽きが加速したのも、正直この件に一因があるように思う。同居人がいればまだ少しは気分が楽だったかもしれない。所詮はたらればである。

 

 

 

本当にこわいものは名糖のレモネード。

 

 

 

 

agriculture。

あぐれ