おかかえのあたま

ぐれたりぐれなかったり

小康状態

頓服の続き。

自分でも驚くくらいに落ち着いている。今朝方からの不安感焦燥感絶望感は全部なんだったんだという程度には落ち着いた。今日初めての食事も取れた。届いていた郵便物の確認もできた。上出来である。

 

 

この状態がずっと続けばいいとは思うけど、寝て起きたらどうなっているのかわからないのであまり期待せずに静観する。

静観するというより、今日もまた悪化したら嫌なのでもう眠剤も飲んだ。さっさと寝て次の日また考えていく。

 

 

 

誰だったか忘れたけど、先のことを考えて憂うつになるよりも今の状況をより良くするすることが人生をうまくやり過ごすコツ云々言ってたな。

確かにその通りで、わたしは夏あたりに今ちまちま動いてることの結果が出るんだけど、割と毎日それに怯えてああでもないこうでもないと悲観しがちなので、わたしの力の及ばないところでなされる決定に対して一喜一憂するよりは、相対している焦燥感や不安感を取り除いておだやかに過ごすことを第一に考えるべきだと思った。

 

 

 

おだやかに過ごすと一口に言っても、ほぼ毎日似たようなサイクルで時間が過ぎてしまいがちなので、最近は毎週どうでもいい目標を立ててなるべく達成するようにしてる。

先週の目標はまつエクと美容室に行くことで、両方とも達成。

今週はえびピラフを作ること。できれば区役所とハロワも行きたいけど、あんまり「やるべき」みたいなことを増やすとできなかったときに落ち込むのが目に見えてるので「できたらいいな」くらいの目標。

 

 

 

本当に短期的な小康状態という感が否めないけど、こうやって落ち着いてどうでもいい目標立てて、ひとりで今は不安がなくてしあわせだなって思ってる時間をすごく大事にしたいのよね。

ただ、これも今月来月くらいだったらゆっくりしてられると思うんだけど、何ヶ月も続けられると思えないし、現実的なこと考えると金銭的な問題も出てくるだろうし、人生最後のモラトリアムだと思って今だけいやなことから全部目を逸らしていたいんだよね。

 

 

夏の結果が悪かったらそれはそれで考えるんだけど、最悪死ねば済むだけの話だし、あまり大きく思い悩むほどのことでもないかなってよく自分に言い聞かせてる。

長生きする気がないって言ってるけど、今の時点でもう十分長生きした気がするし、誰か取り立てて懇意にしている人がいるわけでもないし、割と結果次第で一区切りって考えてもいいのかもしれないね。

追い詰められてそうするよりも、今みたいなおだやかな気持ちのまま人生を終えることができたら、きっとそれが今の自分にとってのしあわせな未来な気がする。わたしのしあわせを誰に邪魔されるでもなく、何かに怯えることもなく、静かに幕を下ろせたら思い残すこともないと思う。

 

 

よくある「死んだら○○が悲しむ」なんて話は、結局生きている人間の都合でこちらがそれを認識する術なんてなにもないんだから、わたしにとっては悲しむ人なんて誰ひとりいないのと同じなんだよね。

わたしの人生に軟の責任も持たない人間の話は、2割くらい聞いてあとは流すようにしてる。だって所詮は持たざる者の感情なんて欠片もくむ気がないんだから、わたしだって相応の聞き方になってしまうよ。わかってほしいとは思ってないけど、押し付けがましい言い方だけはやめてほしいなって。

黙って聞いてるからってむやみにわたしの気持ちを引っ掻き回さないでほしい。

 

 

 

とにかく今はびっくりするくらいおだやかで今日殺されても何も文句はないくらい。

 

 

 

 

まったくぐれてないね。

あぐれ